東京ディズニーランドに訪れたら、必ず乗るという人が圧倒的に多い「カリブの海賊」。
東京ディズニーランドはオープンして40年近く経ちますが、未だに多くの人から愛されていますよね。
今回は、「カリブの海賊」が生まれた背景についてご紹介します。
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ディズニーランド拡張計画で考案されたアトラクション
カリブの海賊が最初にオープンしたのは、カリフォルニア州にあるディズニーランドです。
カリフォルニアのディズニーランドは、1955年7月17日にオープンしています。
Walt Disneyは、開園後すぐにディズニーランドの拡張計画を考案しました。
フロンティアランドの隣に19世紀のルイジアナ州の街並みをベースにしたニューオリンズスクエアという新しいエリアを建設する計画。ニューオリンズスクエアには、「カリブの海賊」以外では「ホーンテッドマンション」がある。
カリブの海賊はウォークスルータイプのアトラクションだった
当初のカリブの海賊は、歴史上有名な海賊の蝋人形を見て回る「蝋人形館」として建設される予定でした。
ルイジアナ州はカリブ海に近いこともあり、昔から様々な海賊の伝説があったからです。
乗り物の形状は、歩いて進む「ウォークスルータイプ」で、地下に建設される予定でした。
1961年に本格的に建設が始まり、地下が掘り始められました。
しかし、イマジニアたちは1964年に開催のニューヨーク万博博覧会で忙しく、計画は博覧会が終了するまで一旦保留になりました。
イマジニアとは、パークを企画してアトラクションを設計・パークを完成させる人物をさします。イマジネーション(想像)とエンジニアリング(テクノロジーを創造する)を掛け合わせた言葉で、ディズニーパークを創造するのに欠かせない人材です。
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博覧会終了後、Walt Disneyは「カリブの海賊」で変更したい点があると申し出ました。
実は、万国博覧会で “It’s a small world”と”Great moment with Mr. Lincoln“という2つのアトラクションが大盛況だったのです。
そこで、この2つのアトラクションの最新技術を「カリブの海賊」に使用する案になりました。
最新技術とは、「ボートライド」と「オーディオアニマトロニクス」です。
ボートライドは、船に乗り込んでアトラクションを回る乗り物です。
オーディオアニマトロニクスは、話したり動いたりできる人形のことです。
博覧会の影響もあり、カリブの海賊はウォークスルータイプではなく、ボートライドのアトラクションになりました。
暴力的な海賊ではなく【陽気な海賊】を表現
カリブの海賊のコンセプトアート(絵コンテ)を手がけたのは、マーク・デイヴィスです。
マーク・デイヴィスは、「眠れる森の美女」や「白雪姫」「シンデレラ」などのディズニー映画を代表するアニメーター。また、「カリブの海賊」「ホーンテッドマンション」などのディズニーランドのアトラクションを手がけた天才クリエーター。
デイヴィスはユーモアなシーンを手がけるのが得意だったこともあり、本来の海賊のイメージである暴力的な海賊ではなく、泥酔して陽気でドジな海賊を表現しました。
パーク外にアトラクションを建設
しかし、計画を練りすぎて、実行するには土地が足りなってしまったのです。
描いていた「カリブの海賊」を実現するために、パークの外にショービルディングを建設しました。
ショービルディングとは、アトラクション内部を建設するためのビルを指します。ホーンテッドマンションでもパーク外にショービルディングが建てられているんです。
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また、最初の建設時に地下を掘っていたので、地下とショービルディングを繋いぎました。
そのため、カリフォルニアのディズニーランドでは、落下シーンが二箇所あります。
1回目:もともと掘ってあった地下に落下
2回目:パーク外のショービルディングに繋がる滝を落下
「カリブの海賊」グランドオープン
実は「カリブの海賊」という名前は、オープン前につけられた名前なんです。
建設修了時まで「ブルーバイユーラグーン」という名称でしたが、オープン前に変更されました。
1966年7月24日に「ニューオリンズスクエア」がオープンします。
「カリブの海賊」はエリアオープンとは一緒にオープンせず、おみやげ屋さんやレストランが先にオープンしました。
また、ニューオリンズスクエアのグランドオープンには、ニューオリンズの市長も来ているんです。
盛大にお祝いされたニューオリンズスクエアですが、この日がWalt Disneyが公にでた最後の日となってしまいます。
Walt Disneyは1966年12月15日に、肺がんによって死去しています。惜しくも「カリブの海賊」を見届ける直前に亡くなってしまいました。
1967年3月18日、Walt Disneyがなくなった3ヶ月後に、「カリブの海賊」がグランドオープンしました。
オープニングセレモニーには、海賊と兵士が戦うショーが繰り広げられました。
そして、「カリブの海賊」がWalt Disneyが直接手がけた最後のアトラクションとなりました。
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